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大阪高等裁判所 平成7年(行コ)65号 判決 1998年4月14日

控訴人 堺税務署長

代理人 秋山実 岡本勝秀 山岡徳光 渡辺富雄 種村好子 長瀬顕 ほか六名

被控訴人 唐谷順治

主文

一  原判決主文二項を取り消す。

二  右取消しに係る部分の被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

第二事案の概要

一  事案の骨子

本件訴訟は、相続税の申告をして控訴人から更正処分を受けた被控訴人がその一部の取消しなどを求めるものである。なお、被控訴人が取得した相続財産中に含まれる相続開始前三年以内に被相続人が取得した土地等に係る相続財産の課税価格の計算について、控訴人が、平成八年廃止前の租税特別措置法六九条の四の計算特例の規定を適用して、被相続人が取得した時の価額をもって算入したのに対し、被控訴人は、右計算特例の規定は憲法一四条一項、二九条一項、二項に違反するから同規定を適用することはできないなどと争い、右土地等の価額は相続税法二二条に規定する時価によるべきであると主張したところ、原審は、被控訴人の請求を一部認容すべきものとしたが、その後、右計算特例の規定が廃止されるとともに経過措置が設けられ、控訴人は、右経過措置に基づいて再更正処分を行った。

二  争いのない事実

1  被控訴人は、平成三年八月七日に死亡した故唐谷多三郎(以下「多三郎」という。)がした平成二年一月二二日付け遺言公正証書により、多三郎の遺産の全部を取得した相続人(法定相続人三人のうちの一人)であるが、被控訴人が多三郎の相続(以下「本件相続」という。)により取得した遺産のうち、別表2記載の1ないし7の土地(以下「本件土地」という。)については、多三郎がその死亡前三年以内に取得したものである。

2  本件相続に係る被控訴人の相続税についての期限内申告以降の課税の経緯等の概要は、次のとおりであり、このうち期限内申告、更正の請求、通知処分、更正処分、一審判決、再更正処分の詳細は別表1記載のとおりである。

(一) 被控訴人は、平成四年二月六日、控訴人に対し、課税価格二三億五一〇九万五〇〇〇円、納付すべき税額一三億九〇三六万六五〇〇円として、相続税の申告をした。

(二) 被控訴人は、平成五年二月五日、控訴人に対し、課税価格一一億二八九七万一〇〇〇円、納付すべき税額五億五六六三万〇五〇〇円とする更正の請求を行ったところ、控訴人は、平成五年三月一六日、更正をすべき理由がない旨の処分(以下「本件更正をすべき理由がない旨の処分」という。)をし、被控訴人に対し通知した。

(三) 被控訴人は、平成五年五月一三日、控訴人に対し、本件更正をすべき理由がない旨の処分を不服として異議を申し立てたが、控訴人は、平成五年八月一一日、右異議の申立てを棄却した。

(四) 控訴人は、平成五年八月一三日、課税価格二四億一〇三〇万二〇〇〇円、納付すべき税額一四億三一八一万円とする更正処分(以下「本件更正処分」という。)を行い、同日、被控訴人に対し通知した。

なお、控訴人は、本件更正処分を行うにおいて、平成八年法律第一七号租税特別措置法の一部を改正する法律(以下「改正措置法」という。同法附則(以下「附則」という。)一条により平成八年四月一日から施行)による廃止前の租税特別措置法(以下「旧措置法」という。)六九条の四、旧措置法施行令四〇条の二第三項の計算特例(以下「本件特例」という。)の規定に従い、相続税の課税価格に算入すべき価額を、本件土地については被相続人の取得価額とし、かつ、造成価額を取得価額に加算したものである。

(五) 被控訴人は、平成五年九月一〇日、本件更正をすべき理由がない旨の処分及び本件更正処分を不服として国税不服審判所長に対して審査請求の申立てをしたが、同所長は、平成六年六月二三日、右審査請求を棄却する旨の裁決をし、そのころ右裁決書は被控訴人に対し送達された。

(六) 平成七年一〇月一七日に言い渡された原判決は、控訴人がした本件更正処分のうち、課税価格一一億二九五二万二〇〇〇円、納付すべき税額五億五六九八万九三〇〇円を超える部分を取り消す旨の判決をした。控訴人は、同月三一日、原判決を不服として控訴した。

(七) 平成八年四月一日から施行された改正措置法により、本件特例が廃止されたが、附則一九条において、次のような措置(以下「本件経過措置」という。)が講じられた。

(1) 平成七年一二月三一日以前に開始した相続に係る相続税については、原則としてなお従前の例によるものとし、本件特例の規定に従い、従来の課税関係を維持する(附則一九条一項)。

(2) 相続により財産を取得した個人が、平成三年一月一日から平成七年一二月三一日までの間に相続により取得した土地等で、本件特例の適用がある土地等(以下「本件特例対象土地等」という。)を有する場合には、その者の各種の税額控除の額を控除する前の相続税の金額は、次のアとイのいずれか少ない金額とする(附則一九条三項)。

ア 本件特例の適用を受けた本件特例対象土地等について、その特例に適用がないものとした場合におけるその相続人に係る課税価格に相当する金額に一〇〇分の七〇の割合を乗じて算出した金額(以下「本件経過措置適用後の算出税額」という。)

イ この本件経過措置を適用する前の相続税額

(3) 平成三年一月一日から平成七年一二月三一日までの間に開始した相続により財産を取得した相続人で、平成八年三月三一日までにその相続税についての申告書を提出し、又は決定を受けている場合において、その申告又は決定に係る相続税額が、右(2)に基づくところの金額に比べ過大となったことにより、本件経過措置の適用を受けようとする者は、平成八年四月一日から六か月以内(平成八年九月三〇日まで)に、税務署長に対し、当該相続税額につき国税通則法二三条一項の規定による更正の請求をすることができる(附則一九条五項)。

(八) 被控訴人は、平成八年五月三一日、控訴人に対し、本件経過措置に基づいて、課税価格二四億一〇三〇万二〇〇〇円、納付すべき税額六億七五〇七万七二〇〇円とする更正の請求を行い、控訴人は、同年七月二日、課税価格相当額二四億一〇三〇万二〇〇〇円、納付すべき税額六億七三八五万二九〇〇円とする更正処分及び加算税の額を零円とする変更決定処分(以下「本件再更正処分」という。)を行い、そのころ、被控訴人に対し通知した。

なお、控訴人は、本件再更正処分を行うにおいて、附則一九条三項に従い、各種の税額控除の額を控除する前の相続税の金額を本件経過措置適用後の算出税額として相続税額を決定したものである。

(九) 被控訴人は、平成八年九月二日、控訴人に対し、本件経過措置に基づいて、課税価格九億六二六四万七〇〇〇円、納付すべき税額四億四八五二万〇五〇〇円とする更正の請求を行った。

(一〇) 被控訴人は、平成八年九月三〇日、控訴人に対し、平成八年五月三一日にした更正の請求を申告内容に錯誤があったため取り下げる旨の取下書を提出するとともに、改めて本件経過措置に基づいて、課税価格六億七三八五万二〇〇〇円、納付すべき税額二億六七八一万一二〇〇円とする更正の請求を行った。また、被控訴人は、平成八年一〇月一日、控訴人に対し、平成八年九月二日にした右(九)の更正の請求を申告内容に錯誤があったため取り下げる旨の取下書を提出した。

(一一) 控訴人は、平成八年一一月一九日、被控訴人が平成八年九月三〇日に行った右(一〇)の更正の請求につき、更正をすべき理由がない旨の処分をし、被控訴人に対し通知した。

(一二) 被控訴人は、平成九年一月一七日、控訴人に対し、右(一一)の処分を不服として異議を申し立てたが、控訴人が異議の申立てを棄却したため、これを不服として国税不服審判所長に対して審査請求の申立てをした。しかし、被控訴人は、その後、控訴人に対し、平成八年九月三〇日にした右(一〇)の更正の請求を申告内容に錯誤があったため取り下げる旨の取下書を提出した。

三  被控訴人の主張

1  本件更正をすべき理由がない旨の処分及び本件更正処分が、本件土地について本件特例及びこれを前提とする措置法施行令四〇条の二第三項を適用したことは、次のとおり、これらの適用を誤った違法があり、これは憲法二九条一項、二項、一四条一項に違反する違憲の法規適用というべきである。

(一) 昭和六一年ころから不動産の価格、とりわけ地価は次第に上昇の速度を早め、土地の現実の取引価格(以下「実勢価格」という。)と相続税法における評価の基準とされる路線価による地価との間に著しい乖離が発生した(平成元年ころにおいて、路線価は実勢価格の三割から五割程度であった)ため、不動産を借入金によって購入することにより相続財産の評価額を本来の財産の価格よりも低くして節税をなすという現象が横行することとなった。本件特例は、このような状況に歯止めをかけ、不動産を実態に適合した正当な評価をするために創設されたものであって、地価が常に上昇していること、少なくとも下落しないことを大前提として設けられた規定である。

(二) ところが、平成二年四月、不動産総融資に対する総量規制導入に伴って、いわゆるバブルがはじけ、不動産の実勢価格は急降下を始めたが、路線価は平成四年度まで引き上げられ続けたため、平成二年には地価公示価格の八割程度に達し、実勢価格は路線価を下回るまでになった。

相続税法は、相続税における不動産の価格を時価によって評価すべきものとしている(同法二二条)ところ、右のような状況において本件土地に対し本件特例を適用すれば、実勢価格以上の高価で土地を評価することになることが明白であり、このような事態は相続財産の公平かつ正確な評価を求めている相続税法の予定するところではなく、本件特例の立法目的及び立法趣旨の基礎となっていたところの実効的に個人財産を正当に評価することができるという状況は消滅し、本件特例は全くその存在意義を失い、適用場面を失ったものである。

(三) 本件においては、本件特例を適用した場合の本件土地の課税価格である取得価額は、本件相続開始時における本件土地の時価をはるかに上回っていた状況にあったから、本件土地に対し本件特例を適用すれば実勢価格以上の高価で土地を評価することにより被控訴人に著しい不利益を与えることになるのであって、これは財産権の保障を定めた憲法二九条一項に違反する。

また、被控訴人が本件相続によって取得した純資産の本件相続開始時における価額は、一一億二八九七万一〇八〇円であるところ、本件更正処分による相続税額は、一四億三一八一万円であって、被控訴人が実際に相続によって取得した財産価値以上の金額の税金が課されることになる。これは、何らかの原因によって財産を取得した者が法の規定に従ってその一部を国に納付するという憲法三〇条の予定する税金の本質に反するばかりか、あたかも没収にも匹敵するものであって、憲法二九条一項の私有財産制を根底から覆すことにもなる。

さらに、相続税についての土地の評価に関しては、相続税法二二条に規定する時価によって評価をすべきものとしているところ、税務処理の実情は、過去長年にわたって土地の時価よりも税務署の算出する路線価が下回っていたために、路線価に基づく申告が続いていたのであるが、地価が下落し始めると、路線価が時価を上回るようになってきたため、税務当局も平成四年一二月ころから、実勢価格による申告更正もやむを得ないものとして処理している。すなわち、相続開始前三年以内に取得した土地については、本件特例を適用した場合、地価下落前の高い評価額で土地を評価されたことになるのに対し、相続開始前三年を超えて取得した土地については申告時の実勢価格で評価されることとなる。地価の下落が続いている状況において、後者が前者に対して著しく有利なことは明白で、納税者間に著しい不平等が生じることとなり、これは憲法一四条一項に違反するものである。

2  また、本件再更正処分が、本件相続に対し本件経過措置を適用したことは、次のとおり、憲法二九条一項、二項、一四条一項、八四条、三一条に違反する。

(一) 本件経過措置は、本件特例を前提としているが、本件相続に対し本件特例を適用することが憲法二九条一項、一四条一項に違反しているためできない以上、本件相続に対し本件経過措置を適用することもできない。

(二) 附則は本則を施行するための細則的な内容を定める法形式にすぎないから、附則という形式においては本則に定めのない新たな課税根拠を定め得ないところ、本則である本件特例は不動産の評価方法に関する特別規定であるのに、附則である本件経過措置は不動産の評価方法に関する規定ではなく、法定相続人の人数の考慮、累進課税制度を無視した新たな課税方法ないしは課税制度を創設したものであるうえ、税率も一律に一〇〇分の七〇とし、現行相続税の累進課税制度による課税価格に対する最高の割合六九・九九九九九パーセントを超えた新たな税率を創設したものであるから、本件経過措置は、本則である本件特例を逸脱した新たな課税立法であって形式瑕疵がある。そして、このような形式的瑕疵のある本件経過措置は、憲法八四条に定める租税法律主義にいう法律ではないから憲法八四条に違反しており、また、法定手続の保障を定める憲法三一条に違反する。

(三) 右のとおり、本件経過措置は、課税価格に対する税率が一律に一〇〇分の七〇という我が国税法における突出した最高税率であるほか、法定相続人の人数の考慮や累進課税制度を無視しており、極端な重税を課すものであるから、国民の財産権の不可侵と財産権の内容は公共の福祉に適合するように法律で定めるものと定める憲法二九条一項、二項に違反し、かつ、国民の法の下の平等を定める憲法一四条一項に違反する。

(四) 本件相続に、本件経過措置を適用することは、相続税の申告時以降に新たな課税根拠を作出し、納税者に対し予測不可能な税負担を求めるものであるから、憲法八四条、三一条に違反する。

3  したがって、本件においては、相続税法二二条により、相続時の時価によって本件土地を評価すべきであり、本件土地の時価合計は被控訴人が平成五年二月五日に行った更正の請求において主張した九億五八二〇万円であるから、本件更正をすべき理由がない旨の処分は取り消されるべきであり、また、本件更正処分のうち、被控訴人が右更正の請求において主張する課税価格一一億二八九七万一〇〇〇円及び納付すべき税額五億五六六三万〇五〇〇円を超える部分は取り消されるべきである。

なお、本件特例は、課税標準時の土地の時価が、税務処理上の路線価を上回っていることが大前提となっているが、被控訴人は、本件の相続税申告において、土地の鑑定評価額を土地の課税価格としているのであるから、これが租税負担回避行為に当たることはあり得ず、本件特例の立法趣旨に反しないし、多三郎は、本件土地購入に際して、相続税対策のための借入れは一切したことはなく、それまで営んでいた不動産業の事業地を移転するために借入れをなし新規に不動産を購入したにすぎないのであって、この譲渡所得に関しては、税務当局によって買換特例の適用も受けているのである。

4  ところで、前記二2(八)ないし(一〇)記載のとおり、被控訴人は、控訴人に対し、平成八年五月三一日、同年九月二日及び同月三〇日にそれぞれ更正の請求を行ったが、これは、被控訴人が本訴控訴審における口頭弁論期日において、裁判所から被控訴人に対し本件経過措置に基づく更正の請求をするようにとの訴訟指揮がなされたものと誤信し、その旨の錯誤に陥った結果行ったものであるから、無効である。このため、前記二2(一〇)及び(一二)記載のとおり、被控訴人は右各更正の請求についての取下書を提出している。

なお、被控訴人は、控訴人が本件再更正処分をすること自体に瑕疵があるとしてその無効を主張するものではない。

四  控訴人の主張

1  本案前の主張

更正の請求に対する更正すべき理由がない旨の通知処分は、単なる棄却処分ではなく、その実質は数額に関する一種の更正処分あるいは更正処分に準じるものと解されるから、この点で増額再更正処分がなされた場合における当初更正処分の取消しを求める場合と同様に解するのが妥当であって、本件においては後になされた増額更正処分に吸収されて消滅したものというべきである。したがって、本件の訴えのうち、本件更正をすべき理由がない旨の処分の取消しを求める部分は訴えの利益を欠く。

2  本案の主張

(一) 本件特例は何ら憲法二九条一項、二項、一四条一項、八四条、三一条に違反するものではなく、控訴人が本件において本件特例を適用したことにも違法はない。本件特例の適用を受ける場合、相続税法二二条の適用は排除されるのであるから、本件土地について相続開始当時の実勢価格により評価する余地はない。

(1) 昭和六〇年代に入り、地価の高騰の著しい特定の地域において、不動産の実勢価格と相続税評価額との乖離に着目して、借入金により不動産取得を行うという形での租税負担回避行為が横行し、租税負担の公平上看過し得ない問題となっていた。すなわち、相続されるべき財産を預金の形にしておくと、これがそのまま相続財産として評価されるが、相続されるべき財産を原資として土地を購入することによって、取得価額から路線価による評価額を引いた額については相続財産として評価されることがなくなるのである。

(2) 本件特例は、右のような社会的現象を契機として、相続開始前の借入金による不動産取得に限らず、例えば、金融資産の売却等による不動産の取得をも念頭に置き、不動産の実勢価格と相続税評価額との乖離に基づく相続税の負担回避行為を抑制する趣旨・目的をもって創設されたものである。

なお、右の租税負担回避行為の抑制は、究極的には、総合土地対策の一環として借入金により投機目的での土地を購入する事態を抑制することになり、いわゆる土地の仮需要を抑制することによって土地の適正な供給につながるものである。

そして、納税者において、かかる相続税の負担回避の意図がなくとも、相続財産を不動産の形に変えた者とそうでない者との間で、相続税の負担の公平を図る必要があることも当然であるから、一律に不動産を取得した者に適用する法を制定することにより究極には租税負担の公平を目指したものであると考えられる。

(3) 憲法三〇条は「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。」と、また、同法八四条は「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」と規定し、個々の具体的課税要件の定立については、立法機関である国会に委ねることとしているが、憲法がこのように定めたのは、何をもって課税標準とし、誰にどれだけの租税負担を求めるかということは、国の社会経済の分野における政策的、技術的な判断を要する事柄であって、立法府の裁量に委ねるほかないことによるものであるから、立法府の裁量の結果としての定めが憲法二九条に違反するといい得るのは、その政策目的が明らかに不合理である場合に限られるのである。

そして、相続人が取得した相続財産について、その相続取得の時における時価をもって相続税の課税価格とする現行相続税法一一条の二、二二条及び当該相続財産のうちに相続開始前三年以内に被相続人が取得した土地等又は建物等が含まれる場合には、被相続人の取得価額をもって相続税の課税価格とする本件特例は、いずれも合理的な立法目的を有しているものであり、また、被相続人の取得について相続開始前三年以内の取得とそれより前の取得とを区別したのは、前記立法趣旨から三年以内の不動産の取得については相続税の負担回避行為がおおむね右の期間内になされるであろうことを想定したものと解され、このような区別を設けることには合理性が認められるから、本件特例は憲法二九条一、二項、一四条一項に違反するものではない。

(4) 本件においては、多三郎は、一一億四〇〇〇万円を借り入れて平成二年三月から同年九月にかけて本件土地を合計二二億四八六二万三九九八円で取得しているが、右取得当時、地価は依然として上昇していたものであり、右取得当時における路線価により本件土地を評価すると、合計五億〇三一四万一二〇〇円となるから、一一億四〇〇〇万円の借入れを行い、更に一一億〇八六二万三九九八円の積極財産(手持資金)を減少させて五億〇三一四万一二〇〇円の財産を取得したことになり、その差額は、結果として他の相続財産から控除されることになり、相続税の課税価格が浸食され、相続税の税負担を不当に回避することになる。そうすると、多三郎による本件土地取得は、本件特例が対象として予定していたような租税負担回避行為に当たり、仮に租税負担回避の目的がなかったとしても、本件特例を適用しなければ、著しく公平を欠くことになる。

さらに、本件においては、相続開始時においても、なお被控訴人の主張する実勢価格は本件土地の路線価による評価額を上回っており、立法の存在意義が喪失したとはいえない状況であった。

したがって、本件課税処分は、本件特例の趣旨・目的に合致するものであって、存在意義を失った法が適用されたというものではない。

(5) また、相続税の納付の面では、現行法上、原則として物納財産の収納価額は、課税価格計算の基礎となった当該財産の価額によることとされ、課税価格計算の基礎となった被相続人による当該財産の取得価額により収納することを保障しているのであるから(相続税法四三条一項)、被相続人による当該財産の取得時における時価をもって相続税の課税価格とし、あるいは、被相続人による当該財産の取得価額をもって相続税の課税価格としている本件特例に、被控訴人主張のような不合理性は存しない。

さらに、相続開始前三年以内に取得した土地の時価が著しく下落した場合でも、土地の時価が全般的に下落している状況にある場合には、被相続人が当該土地を相続開始前に売却し、その売却代金で他の土地を購入することも可能であり、そうすれば、相続開始時には新たに購入した土地の取得価額(下落後の取得価額)で評価されることになり、被控訴人が主張するような土地を時価以上に評価されるという問題はある程度回避できるし、買換資産が相続開始時まで見つからず、その売却代金を現金又は預貯金の形態で相続したとしても、その現金又は預貯金の金額がそのまま課税価格となるから、何ら相続財産の評価に問題を来すものではない。

そして、多三郎が当初所有していた土地を譲渡し、本件土地を取得したことに関して税務当局より買換特例の適用を受けていたとしても、それは、単に同人が従前から所有していた土地を譲渡し、土地を新たに買い換えたという事実を示すものに過ぎず、何ら租税負担回避の意図がなかったということを明らかにするものではないし、そのような意図がなかったとしても本件特例の適用を免れるものでもない。

(6) 改正措置法施行前においては、本件土地の課税価格算定については本件特例が適用される以上、本件相続税に係る課税価格及び納付すべき税額は別表3の控訴人主張額のとおりであるから、その範囲内でなされた本件課税処分は適法である。

(二) 本件経過措置は何ら憲法二九条一項、二項に違反するものではなく、控訴人が本件において本件経過措置を適用したことも憲法二九条一項、二項に違反するものではない。

(1) 本件特例は、平成七年においては、適用件数が大幅に減少するなどその存在意義は失われつつあるものと考えられ、また、「平成八年度の税制改正に関する答申」(平成七年一二月)においても、廃止の方向で検討することが適当であると指摘された。このような課税状況及び指摘等を踏まえ、平成八年度の税制改正において、改正措置法により、本件特例が廃止されるとともに、本件経過措置が講じられた。

前記(一)(3)記載のとおり、課税要件の定立については、立法機関である国会の裁量に委ねるほかないのであるが、本件特例の廃止に伴い、本件経過措置が設けられ、本件特例の適用による課税に制限を設けたのは、本件特例を適用することにより、結果的に相続税の負担が上昇することとなっても、仮に本件特例対象土地等について本件特例の適用がないものとした場合の相続税の課税価格に相当する金額(この金額は、小規模宅地等についての課税価格の軽減特例(租税特別措置法六九条の三)などの優遇措置の適用がある場合には、相続開始時における遺産の時価額を下回ることとなる。ちなみに、被控訴人は小規模宅地等についての課税価格の軽減特例の適用がある。)に対する負担水準が、相続税の最高税率である一〇〇分の七〇の水準を超えないようにすることが望ましいと判断されたことによるものであるところ、右は相続税法一八条が、同条一七条の規定により算出した相続税額に、当該相続税額の一〇〇分の二〇に相当する金額を加算した金額とする場合において、その金額が課税価格の一〇〇分の七〇に相当する金額を超える場合には、当該一〇〇分の七〇に相当する金額にとどめる旨規定していることとも整合性を有するものであり、相続税法が予定している負担水準と合致した合理的なものということができる。したがって、本件経過措置自体は憲法二九条一項、二項に反するものではない。

また、憲法一四条一項は国民に対して合理的な理由なくして差別することを禁止することを定めるものであるが、前記のとおり本件経過措置の立法目的及び内容は合理的なものであるから、課税価格の一〇〇分の七〇に相当する金額を上限としたこと(被控訴人のいう、一律に一〇〇の七〇の税率によって税金を賦課すること)をもって、憲法一四条一項に反するとはいえない。

(2) 附則一七条は、本件特例の適用による課税に制限を設けたものであり、本件特例とは別に新たな課税根拠を創設して定めたものでないから、納税者の権利利益を遡及して侵害するものではなく、また、現行の相続税の課税価格に対する最高の割合が一〇〇分の七〇であることは相続税法一八条の規定から明らかである。したがって、本件経過措置は憲法八四条、三一条に反するものではない。

(3) したがって、本件経過措置に基づく本件再更正処分は適法であり、本件再更正処分により本件処分は税額の一部取消しが行われ(なお、課税価格は二四億一〇三〇万二〇〇〇円で変更がない。)、被控訴人の相続税額は六億七三八五万二九〇〇円に変更されたものである。

(三) 被控訴人は、控訴人に対して平成八年五月三一日、同年九月二日及び同月三〇日にそれぞれ行った各更正の請求が錯誤により無効であると主張するが、仮に、被控訴人が、本訴控訴審における口頭弁論期日において、裁判所から被控訴人に対し本件経過措置に基づく更正の請求をするようにとの訴訟指揮がなされたものと誤信したとしても、その訴訟指揮に基づいて自ら検討を行い、弁護士である被控訴人訴訟代理人の検討も経て自らの意思で更正の請求を行ったものである以上、右各更正の請求に要素の錯誤があるとはいえない。

五  争点

1  本件更正をすべき理由がない旨の処分の取消しを求める訴えの利益があるか。

2  本件土地の課税価格について、本件特例が適用されるか。

3  本件土地の課税価格について、本件経過措置が適用されるか。

第三争点に対する判断

一  争点1について

本件控訴は、原裁判のうち本件更正処分の一部を取り消した原裁判主文二項の取消し及び右取消しに係る部分の被控訴人の請求の棄却を求めるものであるから、本来、争点1については、判断する必要はないのであるが、念のため以下に判断を示す。

すなわち、更正をすべき理由がない旨の処分は、更正の請求に対する単なる棄却処分ではなく、更正処分に準ずるものであり、その後に当初申告額を増額する内容の更正処分がなされた場合、後の更正処分に吸収されて消滅するものと解される。したがって、本件更正をすべき理由がない旨の処分の取消しを求める訴えは訴えの利益を欠くものとして却下すべきである。

二  争点2、3について

1  相続税法二二条の趣旨及び運用

(一) 相続税法によれば、相続税は、相続又は遺贈により取得した財産の価額の合計額を課税価格とするものであり(同法一一条の二)、その財産の価額は、時価による評価が困難な財産を除いては、当該財産の取得の時、すなわち相続時における時価によることとされており(同法二二条、時価主義の原則)、ここにいう時価とは、当該財産の客観的な交換価値、すなわち不特定多数の独立した当事者間の自由な取引において通常成立すると認められる価額と解される。この時価主義の原則は、相続税が相続又は遺贈を原因として取得した財産に担税力を認めて課される税であるから、その相続時における時価、すなわち通常の取引価格の合計を課税価格とすることが最もその趣旨にかなうという理由によるものである。

(二) もっとも、相続税の課税対象となる財産は多種多様であり、これら各財産の通常の取引価格は必ずしも一義的に確定されるものではないことから、国税庁においては、相続税財産評価に関する基本通達(昭和三九年四月二五日付直資五六、直審(資)一七国税庁長官通達。なお、平成三年一二月一八日付課評二―四・課資一―六により改正されたが、右改正前後を通じたものを、以下「評価基本通達」という。)を定め、内部的な取扱いを統一するとともに、これを公開し、納税者の申告・納税の便に供し、もって申告及び課税事務の公平、迅速で円滑な運用に資することとしているところであり、社会的に、この基本通達における財産評価の方法には一応の妥当性が認められていることは、当裁判所に顕著である。

評価基本通達のこのような性格や妥当性に照らすと、相続税に係る財産の評価に当たっては原則として同通達によるべきものということができる。しかしながら、同通達に従って課税価格を算定することが負担の実質的公平を損なう等著しく不合理な結果になると認められる特段の事情がある場合には、同通達によらず、他の適正、妥当な合理的と認められる方法により評価すべきものと解される。

(三) ところで、相続税法二二条にいう時価とは、評価基本通達によれば、相続又は贈与により財産を取得した日において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいうこととして、右(一)の時価の概念を明らかにした上で、その価額は、この通達の定めによって評価した価額によるものと定めている。

評価基本通達においては、土地の評価のうち、宅地の評価は、原則として、市街地的形態を形成する地域にある宅地については、その宅地の面する路線に付された路線価を基準とする方式により、その他の宅地については、土地の固定資産評価額に地域ごとに定められた一定の倍率を乗じる方式によることとされている。

この路線価及び倍率(以下「路線価等」という。)は、従来、前年の七月一日時点を評価時点とし、売買実例価額、地価公示価格、精通者意見価格等を基として、地価公示価格と同水準の価格の七〇パーセント程度を目途に定められていたが、このように路線価等の水準が地価公示価格に比べてある程度低い水準に定められていたのは、評価の安全性等の見地から、一律に客観的な取引価格が認識できないという土地の特性や年間を通じた地価の変動等を考慮したことによるものである(なお、平成四年分からは、評価時点が当年一月一日時点に、地価公示価格に対する評価割合の目途も八〇パーセント程度に、それぞれ改められている。)。

(当裁判所に顕著である。)

2  本件特例の新設とその趣旨

(一) 右のように、路線価等が本来地価公示価格に比べて低い水準にあったことに加え、その基準時点(前年の七月一日時点)との時間的な隔たりがあることから、昭和六〇年代からの全国的な地価の上昇傾向の中、特に都市部を中心とする地価の急騰地域においては、実勢価格と路線価等による評価額との間には相当の開差が生じ、この現象に着目して、借入金により不動産を取得することにより将来の相続税の負担の回避を図る事例が見受けられるようになり、税負担の公平の見地から看過し得ない問題となっていた。すなわち、相続税の課税価格は、右の方法で不動産を取得した場合、借入金は債務として全額控除されることとなる一方、取得した不動産は路線価等による評価額で評価されるため、右借入金額と右不動産の評価額との差額は他の相続財産から控除されることになり、不動産を取得しなかった場合に比べて相続税の課税価格がその分減少し、相続税負担が軽減される結果となるのであり、このことは、借入れによらずに手持現金や他の金融資産の売却等により不動産を取得する場合にも同様の結果が生ずるのである。

このように相続税負担回避のために不動産を取得することは、右のとおり税負担の公平の見地から問題であるのみならず、都市部における地価高騰の一因となっているという指摘もなされていたことから、不動産の実勢価格と路線価等による評価額との乖離に基づく租税負担回避行為を抑制して税負担の公平を図り、合わせて総合土地対策の一環として借入金により投機目的で土地を購入する、いわゆる土地の仮需要を抑制して土地の適正な供給につなげるため、昭和六三年一二月税制改正(昭和六三年法律一〇九号所得税法等の一部を改正する法律)によって本件特例が新設され、昭和六三年一二月三一日以後に相続又は遺贈により取得した財産に係る相続税に適用されることとなった。

(<証拠略>により認められる。)

(二) 本件特例を定めた旧措置法六九条の四は、被相続人が相続開始前三年以内に取得等をした土地建物等について、その相続税の課税価格に算入すべき価額は、被相続人の居住の用に供されていた土地建物等を除き、相続開始時における時価によるとする相続税法二二条の規定にかかわらず、右取得価額とする旨規定している。

なお、本件特例において、相続開始前三年以内の不動産の取得を対象としているのは、相続税負担回避行為は通常相続開始前三年以内に行われることが多いと考えられることによるものであり、税負担回避の目的の有無にかかわらず原則として一律にその取得価額をもって課税価格と定めたのは、当該不動産の取得価額は現実の売買価額であるから当該不動産の実勢価格を反映しているものであり、右実勢価格を大幅に上回ることは通常あり得ないこと、税負担回避の目的があるか否かの判断は実際上困難であるのみならず、右目的の有無によって税負担回避の効果において異なるものではないことによるものである。

(三) 以上によれば、路線価等の水準が本来実勢価格より若干低い水準にあるとはいえ、路線価等は毎年見直されていることから、相続税負担の面で看過し得ないほどの不公平が生じるような事態は通常は起こり得ないにもかかわらず、短期間における地価の急騰という異常な社会経済現象の出現により、評価基本通達に基づく不動産の路線価等による評価額がその通常の取引価格すなわち本来の相続税法二二条にいう「時価」を的確に反映することができないという事態を生じるに至り、その乖離に着目して、金融資産又は借入金により、実勢価格と相続税評価額の乖離の著しい不動産を相続開始直前に取得することによって相続税の課税価格を圧縮し、このようにして相続税の負担を回避する事例が見受けられるようになり、税負担の公平の見地から看過し得ない事態に立ち至ったことから、税負担の実質的公平を図るため、相続税の課税価格の圧縮を図ろうとする相続税負担回避行為を無意味とする方法として、本件特例を設け、その圧縮額を相続税の課税価格に加えることとしたものであるが、これは取りも直さず、相続税法二二条の時価主義の原則によらずに被相続人による取得価額を相続税の課税価格に算入するという手法で、評価基本通達に定める路線価等による評価額に代わる合理的な評価額として被相続人による取得価額を採用したものとみることができる。

3  本件特例の廃止とこれに伴う本件経過措置の制定

(一) いわゆるバブル経済が崩壊し、地価抑制策が功を奏したこととも相まって、平成二年を頂点として地価の異常な高騰は終息し、その後は一転して地価の下落が始まり、今度は逆に実勢価格と路線価等による評価額との開差が縮まり、一部地域では前者が後者を下回るほどに地価が急落し、その後も地価はやや下落ないし横ばいの状況で推移した。そして、本件特例は、その適用件数が年々減少し、平成七年においては大幅に減少するなどその存在意義が次第に失われてきたとみられるようになり、これを反映して、「平成八年度の税制改正に関する答申」(平成七年一二月)においても、廃止の方向で検討することが適当であると指摘された。このような課税状況や右指摘等を踏まえ、平成八年度の税制改正において、改正措置法(平成八年法律第一七号租税特別措置法の一部を改正する法律)により、本件特例が廃止されるとともに、附則一九条において、本件経過措置が講じられ、平成三年一月一日から平成七年一二月三一日までの間に開始した相続又は遺贈に係る相続税に適用されることとして、平成八年四月一日から施行された。

(<証拠略>により認められる。)

(二) 前記第二の二2(七)のとおり、本件経過措置を定めた附則一九条は、平成七年一二月三一日以前に開始した相続に係る相続税については、原則として従前の例によるものとし、本件特例の規定に従い、従来の課税関係を維持するが、相続により財産を取得した個人が、平成三年一月一日から平成七年一二月三一日までの間に相続により取得した本件特例対象土地等を有する場合には、その者の各種の税額控除の額を控除する前の相続税の金額は、本件特例の適用を受けた本件特例対象土地等について、その特例の適用がないものとした場合におけるその相続人に係る相続税の課税価格に相当する金額に一〇〇分の七〇の割合を乗じて算出した金額である本件経過措置適用後の算出税額と、この本件経過措置を適用する前の相続税額とのいずれか少ない金額とする旨規定している。

これは、右のとおり、平成二年を頂点として地価の異常な高騰は終息した後は一転して地価が急落し、実勢価格と路線価等による評価額との開差が縮まるばかりか、一部地域では前者が後者を下回る状況が生じたことから、平成三年一月一日以降に開始した相続に本件特例をそのまま適用し、取得価額をもって課税価格とすれば、相続開始時の資産価値を基準とする限り、不動産の相続については、他の資産により同額の資産価値の財産を相続した場合に比べて税負担が過大となり、本件特例によって課税の実質的公平を図ろうとしたこととは逆の意味での課税の不公平が生じる事態も生まれてきたため、このような税負担が過大となる事態を救済し、課税の実質的公平を図ることを目的として、相続税額の上限を画して本件特例の適用による課税に制限を設けたものといえる。

4  本件相続と本件特例及び本件経過措置の適用

(一) 多三郎は、別表2の「期限内申告額」欄記載のとおり、本件土地(いずれも現況宅地)を平成二年三月から同年九月までの間(いずれも相続開始前三年以内)に合計二一億八〇三二万三九九八円で購入取得した(措置法施行令四〇条の二第三項によって取得価額に算入される造成費を含めると、別表2の「控訴人主張の価額」欄記載のとおり、取得価額は二二億四八六二万三九九八円であり、多三郎はこのほか同土地上の建物も取得している。)。そして、多三郎が平成三年八月七日に死亡したところ、被控訴人を含む三人の法定相続人のうちの一人である被控訴人が、多三郎がした平成二年一月二二日付け遺言公正証書により、多三郎の遺産の全部を相続して取得した。

(<証拠略>により認められる。)

(二)(1) 被控訴人は、平成四年二月六日、控訴人に対し、本件相続に係る相続税について期限内申告をしたが、この期限内申告を含めた本件相続に係る被控訴人の相続税についての課税の経緯等の概要は、前記第二の二(争いのない事実)記載のとおりであり、このうち期限内申告、更正の請求、通知処分、更正処分、一審判決、再更正処分の詳細は別表1記載のとおりである。

(2) 被控訴人は、平成八年五月三一日、同年九月二日及び同月三〇日に控訴人に対して行った各更正の請求について、右各更正の請求は、被控訴人が本訴控訴審における口頭弁論期日において裁判所から被控訴人に対し本件経過措置に基づく更正の請求をするようにとの訴訟指揮がなされたものと誤信し、その旨の錯誤に陥った結果行ったものであるから、無効である旨主張する。

確かに、本件の当審審理中に本件経過措置を講じた改正措置法が成立して同年四月一日から施行されたため、その前後の当審口頭弁論期日において、裁判長から被控訴人訴訟代理人対し本件経過措置に基づく更正の請求をするのか否かについて質問したところ、被控訴人訴訟代理人は、右質問がされたことをもって裁判長から被控訴人に対し本件経過措置に基づく更正の請求をするようにとの訴訟指揮がなされたものと誤信し、このため、被控訴人は、同年五月三一日、控訴人に対し、納税者が本件経過措置に基づいて行う更正の請求に使用するために被控訴人において作成した用紙である「経過措置の適用の有無の判定表兼税額等の計算書の付表」を使用するなどして本件経過措置の内容に沿った税額等の計算をして、取得財産の価額四二億一五八七万三七三三円、右のうち本件土地の取得価額二二億四八六二万三九九八円、本件土地の相続開始時の価額(路線価等による評価額)八億〇二七一万八二二三円、債務控除額一八億〇五五七万一四五六円、課税価格二四億一〇三〇万二〇〇〇円、課税価格に算入された本件土地の取得価額を相続開始時の価額(路線価等による評価額)に置き換えて再計算した課税価格に相当する金額九億六四三九万二〇〇〇円、相続税額六億七五〇七万七二〇〇円とする更正の請求を行い、その後も右誤信したまま、本訴請求と矛盾しないように整合性を合わせるという見地から同年九月二日及び同月三〇日にそれぞれ更正の請求を行ったが、その後本訴口頭弁論終結に至るまでに、控訴人に対し、同年五月三一日、同年九月二日及び同月三〇日に行った各更正の請求について申告内容に誤りがあったため取り下げる旨を記載した取下書を提出した。

(<証拠略>)により認められる。)

右の経過に照らすと、被控訴人は、弁護士である被控訴人訴訟代理人などとともに検討したうえで自らの意思で右各更正の請求を行ったものではあるが、当審口頭弁論期日において裁判長から本件経過措置に基づく更正の請求をするようにとの訴訟指揮がなされたものと誤信しなかったならば、被控訴人としては、敢えて平成五年二月五日に相続税額五億五六六三万〇五〇〇円として行った更正の請求よりも不利益といえる相続税額六億七五〇七万七二〇〇円とする更正の請求を平成八年五月三一日に行う法律上の利益はないとの判断もあり得るから、合理的に判断すると(もっとも、控訴人が職権で被控訴人に対し本件経過措置に基づいて本件相続に係る本件更正処分についての減額再更正処分をするか否か、及び本件訴訟の帰趨は、被控訴人には事前に明らかではないから、右の減額再更正処分が行われず、かつ、本件訴訟において被控訴人に不利益といえる判決がされる事態を慮って右の減額再更正処分を求めて更正請求をしておくことも考えられ、その場合には右更正請求をする利益がないとは言えないのではあるが、そのことも含めて被控訴人が右更正請求をするに至った事情の全体を総合的かつ合理的に検討、判断すると)、被控訴人において、右の誤信がなかったとすれば本件訴訟を取り下げることなく維持していることと矛盾することにもなりかねないような平成八年五月三一日の更正の請求とこれに整合性を合わせるための更正の請求をするようなことはなかったであろうと認められ、かつ、このことは控訴人にも容易に認識できたものと認められるところであり、したがって、被控訴人には平成八年五月三一日の更正請求並びにその後の同年九月二日及び同月三〇日の各更正の請求を行ったことにはいずれも要素の錯誤があったといえる。そうすると、被控訴人の右各更正の請求は無効というべきである。

(3) そして、控訴人は、平成五年八月一三日、本件特例の規定に従い、相続税の課税価格に算入すべき価額を、本件土地については被相続人の取得価額とし、かつ、造成価額を取得価額に加算して、課税価格二四億一〇三〇万二〇〇〇円、納付すべき税額一四億三一八一万円とする本件更正処分を行い、また、改正措置法施行後の平成八年七月二日、本件経過措置に基づき、別表4記載のとおり、課税価格相当額については本件特例の規定に従って二四億一〇三〇万二〇〇〇円と算出したうえ、納付すべき税額については本件特例を適用した場合の金額よりも低い本件経過措置適用後の算出税額である六億七三八五万二九〇〇円とする更正処分及び加算税の額を零円とする変更決定処分である本件再更正処分を行い、本件更正処分の税額の一部を取り消した(減額再更正処分により更正処分の税額の一部取消しが行われたものと解するのが相当であることについては、最高裁昭和五二年(行ツ)第一二号同五六年四月二四日第二小法廷判決・民集三五巻三号六七二頁参照)。

なお、(2)のとおり、被控訴人が平成八年五月三一日に行った更正の請求は錯誤により無効ではあるが、右の無効は、右更正の請求に対応して行われた本件再更正処分の効力に何ら影響を及ぼすものではない。すなわち、更正の請求は、納税申告をした者等が一定の要件の下にその申告内容等を自己に有利に是正することを求めて課税庁の是正権の発動を促す行為であり、課税庁は更正の請求の有無にかかわらず、国税通則法七〇条二項に基づき職権による減額更正を行うことが可能であることから、右更正の請求に対して減額更正処分がされた場合においても、当該更正の請求がこれに対してなされた減額更正処分の前提要件となるとはいえないというべきだからであり、このことは、課税庁が更正の請求を認めない場合に更正すべき理由がない旨の通知処分をする義務があることと矛盾するものではない。

(三) 右のとおり、控訴人は、本件再更正処分により本件更正処分の一部を取り消して減額変更し、本件相続に係る被控訴人の相続税額を本件経過措置適用後の算出税額である本件再更正処分の税額(六億七三八六万二九〇〇円)とする処分を行ったのであるから、本件相続に係る相続税更正処分の適法性の有無については、本件再更正処分の税額を算出した直接の根拠である本件経過措置中における附則一九条三項中の、相続税額は、土地等については本件特例の規定の適用がなく、かつ、建物等については本件特例の規定の適用があるものとした場合における相続税の課税価格に相当する金額に一〇〇分の七〇の割合を乗じて算出した金額とする旨の規定部分(以下「本件課税規定部分」という。)を適用することができるか否か、すなわち、本件課税規定部分の憲法適合性及び右規定部分を本件相続に適用することの憲法適合性を検討すべきものであり、かつ、これをもって足りるというべきである。なお、仮に、本件特例の適用に基づく本件更正処分が無効であるとすると、本件再更正処分は控訴人が平成五年三月一六日に行った通知処分による税額の一部を取り消したものとなるから、本件相続に係る相続税更正処分の適法性の有無については、やはり本件再更正処分が拠るところの本件課税規定部分を適用することができるか否かを検討すべきこととなる。

(四) ところで、被控訴人は、本件課税規定部分をその一部とする本件経過措置を附則の形式で規定したことが憲法八四条、三一条に違反する旨主張する。しかし、附則が本則を施行するための細則的な内容を定める法形式であるとしても、このような附則も立法府である国会において法律として制定された以上、憲法八四条に定める租税法律主義にいう法律ではないということはできないし、規定を本則により定めるか附則により定めるかは本来技術的な事柄にすぎないから、本則で定めるべき創設的事項を附則で定めたからといって、そのこと自体で法律が適正手続の保障を定める憲法三一条に違反するとまではいえないというべきである。

また、被控訴人は、本件相続について本件相続後に制定された本件経過措置を適用することは憲法八四条、三一条に違反する旨主張する。しかし、前記のとおり、本件経過措置は、その内容において本件特例の適用による課税に制限を設けたものであるから、新たな課税方法ないしは課税制度を創設したものとはいえず、仮に、本件特例が税負担が過大であるため国民の財産権を侵害し、あるいは課税に実質的不公平といえる事態を生じさせるなどの問題をはらむものとして憲法二九条一項、二項、一四条一項に違反するため、又は本件相続に適用することが憲法の右条項に違反するため、新たな課税方法ないしは課税制度を創設したものとみるべきであるとしても、そのような憲法違反を回避するために相続税額の上限を画し、かつ、課税の実質的公平を図るために本件特例の適用による課税に制限を設け、実質的に納税者に有利に遡及適用することにしたといえるものであって、国民の財産権を遡及的に侵害するものではないから、憲法八四条及び憲法三一条に違反するとはいえないというべきである。

(五) そうすると、本件相続に本件課税規定部分を適用することができるか否かは、本件課税規定部分が、被控訴人が主張するような憲法一四条一項及び二九条一項、二項に違反するか否かに係ることとなる。

ところで、租税は、今日では、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加え、所得の再分配、資源の適正配分、景気の調整等の諸機能をも有しており、国民の租税負担を定めるについて、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件等を定めるについて、極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかである。したがって、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断に委ねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきである。そうであるとすれば、相続税の課税要件については、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様、課税標準や税率等の課税要件が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することができず、これを憲法一四条一項、二九条一項、二項の規定に違反するものということはできないものと解するのが相当である。(最高裁昭和五五年(行ツ)一五号同六〇年三月二七日大法廷判決・民集三九巻二号二四七頁参照)。

(六) 右の見地から、本件課税規定部分が憲法一四条一項の規定に違反するものか否かについて検討する。

相続税法は、相続税について、相続取得した財産を相続取得した時における時価で評価した当該財産の合計価額から債務及び葬式費用の合計額を控除した残額(二二条、一三条)である相続税の課税価格から遺産に係る基礎控除額を控除し(一五条)、その残額に係る各相続人等の取得金額に所定の超過累進税率を適用して(一六条)相続税の総額を計算したうえで、各相続人等につきその取得財産に応じて納付すべき相続税額を算出する(一七条)などと規定するのに対して、本件課税規定部分は、相続により財産を取得した個人が、平成三年一月一日から平成七年一二月三一日までの間に相続により取得した本件特例対象土地等又は建物等を有する場合に、その者の各種の税額控除の額を控除する前の相続税の金額を、本件特例の適用を受けた本件特例対象土地等について本件特例の適用がなく(すなわち、本件特例対象土地等についても相続税法二二条により原則として相続取得した時における時価で評価した価額を課税価格とする。)、かつ建物等について本件特例の適用があるものとした場合(すなわち、建物等については原則として被相続人が取得に要した金額等から建物等の取得の日から相続開始の日までの期間に係る定額法による原価償却費の額を控除した額を課税価格とする。)におけるその相続人に係る課税価格に相当する金額に、相続税法一五条に規定する遺産に係る基礎控除額を控除しないで、一〇〇分の七〇の割合を乗じて算出した金額とするものであるから、本件課税規定部分は、相続取得した財産中に本件特例対象土地等又は建物等を有する者とこれを有しない者とを、建物等の課税価格、遺産に係る基礎控除の有無、税率において区別するものであることは明らかであるが、被控訴人は、右区別のうち遺産に係る基礎控除の有無、税率についての区別を憲法一四条一項に違反すると主張するものである。

憲法一四条一項は国民に対して合理的な理由なくして差別することを禁止することを定めるものである(最高裁昭和二五年(あ)第二九二号同年一〇月一一日大法廷判決・刑集四巻一〇号二〇三七頁、同昭和三七年(オ)第一四七二号同三九年五月二七日大法廷判決・民集一八巻四号六七六頁参照)。そして、前記のとおり、本件特例は、地価の急激な高騰による租税負担回避行為を阻止することを目的として昭和六三年に立法されたものであるところ、当時の情勢に照らすと、右立法は時機にかなったもので、その目的も極めて正当であり、かつ、当該立法において具体的に採用された課税要件も、その目的との関連で著しく合理性を欠くことが明らかであるとまではいえないものであったが、平成二年を頂点として地価の異常な高騰が終息した後は一転して地価が急落し、実勢価格と路線価等による評価額との開差が縮まるばかりか、一部地域では前者が後者を下回る状況が生じたことなどもあって、右の租税負担回避行為が減少するのに応じて本件特例の適用件数も年々減少したため、本件特例は平成八年度の税制改正において将来に向かって廃止された。しかし、その一方で、平成三年一月一日以降に開始した相続に本件特例をそのまま適用して取得価額をもって課税価格としたままとするならば、相続開始時の資産価値を基準とする限り、不動産の相続については、他の資産により同額の資産価値の財産を相続した場合に比べて税負担が過大となり、本件特例によって課税の実質的公平を図ろうとしたこととは逆の意味での課税の不公平を来したようにもみえる事態を放置することとなるため、このような税負担が過大ともみえる事態を救済し、課税の実質的公平を図ることを目的として、本件特例を廃止するのに伴い、本件経過措置を設けて相続税額の上限を画し、本件特例の適用による課税を制限したものであり、しかも、本件課税規定部分は、相続開始時における遺産の時価額を下回るように課税価格の一〇〇分の七〇に相当する金額を相続税額とするものであるから、本件経過措置及び本件課税規定部分の立法目的は正当性を有するものというべきである。そして、右目的との関連において、本件課税規定部分が具体的に採用する前記の相続税法上の措置と区別すること、すなわち、遺産に係る基礎控除を設けていないこと、及び税率を一律に一〇〇分の七〇としたことについては、所詮、立法政策の問題であって、相続税の性格又は憲法一四条一項の規定からは、遺産に係る基礎控除を設けることや、税率を一律に一〇〇分の七〇とせずに取得金額所定の超過累進税率とすることが当然に要求されるものではない。なお、本件課税規定部分に係る一〇〇分の七〇の税率は、相続税法一八条が、同法一七条の規定により算出した相続税額に、当該相続税額の一〇〇分の二〇に相当する金額を加算した金額とする場合において、その金額が課税価格の一〇〇分の七〇に相当する金額を超える場合には、当該一〇〇分の七〇に相当する金額にとどめる旨を規定していることとも整合性を有するものであり、相続税法が予定している負担水準と合致させたものといえる。もっとも、相続に本件課税規定部分が適用されるためこれが採用する右の区別した措置に基づいて相続税額を算出した場合には、このような区別をせずに相続税法上の措置に基づいて相続税額を算出した場合と比べて、必然的により多額な相続税額が算出される結果となるが、本件課税規定部分が適用される相続については、被相続人の居住の用に供されていた土地等又は建物等や、収用、換地、相続、遺贈、時効等により取得した土地等が本件特例対象土地等の範囲に含まれていないこと、及び本件課税規定部分を適用して算出した相続税額よりこの本件経過措置を適用する前の相続税額の方が低い場合には本件課税規定部分の適用がないことからすれば、相続税法上の措置に基づいて、すなわちその相続財産をその中に含まれる本件特例対象土地等を含めて相続税法二二条に従い相続取得した時における時価で評価して算出しても、事実上多額な課税価格が算出されることになり、このため右基礎控除額も相対的に少額といえるものとなるうえ、相続税法一六条が定める各相続人等の取得金額に区分して適用される累進税率も事実上相当高率になるのであり、しかも本件課税規定部分自体も本件特例対象土地等を相続税法二二条に従い相続取得した時における時価で評価した価額を課税価格とする(附則一九条三項)のであるから、本件課税規定部分により算出される相続税額が相続税法二二条、一三条ないし一八条等の規定により算出される相続税額との対比において著しく乖離して相当性を欠くような差を生じることになるものではないと考えられる。

したがって、本件課税規定部分が一四条一項に違反するものということはできない。

(七) 次に、本件課税規定部分が憲法二九条一項、二項の規定に違反するか否かについて検討する。

前記(五)(六)記載のとおり、課税要件の定立については、立法機関である国会の裁量に委ねるほかないのであるが、本件経過措置及び本件課税規定部分の立法目的は正当性を有するものというべきであり、また、右目的との関連において、本件課税規定部分が具体的に採用する措置、すなわち、遺産に係る基礎控除を設けていないこと、及び税率を一律に一〇〇分の七〇としたことは、所詮、立法政策の問題であって、相続税の性格又は憲法二九条一項の規定からは、遺産に係る基礎控除を設けることや、税率を一律に一〇〇分の七〇とせずに取得金額所定の超過累進税率とすることが当然に要求されるものではないこと、また、本件課税規定部分は相続開始時における遺産の時価額を下回るように課税価格の一〇〇分の七〇に相当する金額を相続税額とするものであるが、右一〇〇分の七〇の税率は既に現行の相続税法に規定されているものと同じでこれと整合性を有するものであることを総合すると、本件課税規定部分が国民の財産権を侵害し、憲法二九条一項に違反するものとはいえない。また、財産権の内容を公共の福祉に適合するように法律で定めることを規定する憲法二九条二項に違反するものでもない。

したがって、本件課税規定部分は憲法二九条一項、二項に違反するものではない。

(八) 以上のとおり、本件課税規定部分は憲法八四条、憲法三一条、一四条一項及び二九条一項、二項に違反するものではないところ、本件課税規定部分を本件相続に適用することが憲法の条項に違反するといえる事情は認められない。

5  本件相続に係る課税価格及び納付すべき税額

(一) 以上によれば、本件相続に係る被控訴人の納付すべき税額の算定は、本件課税規定部分に従うべきことになる。

(二) 本件土地について本件相続に係る課税価格に算入すべき価額は、本件特例を適用した場合における多三郎の購入価額ではなく、相続税法二二条を適用した場合における被控訴人の相続取得した時における時価となるが、その時価を評価基本通達の定めに従い路線価等により評価する方法によって算出すると、別表3記載のとおりとなる。

もっとも、相続税法二二条により相続取得した時における時価は評価基本通達の定めに従った路線価等により評価しなければならないものではなく、他に適正、妥当と認められる方法により評価したところに基づく合理的な価額とすることもできるものであるが、被控訴人は、本件土地の課税価格は別表2の「更正の請求額」欄記載の金額によるべきものと主張し、右主張に沿う証拠として、いずれも被控訴人の依頼に基づいて不動産鑑定士御塩泰男が作成した鑑定評価書七通(<証拠略>)を提出するところ、右鑑定評価書は、本件相続開始時である平成三年八月七日時点における本件土地の更地の評価額を別表2の「更正の請求額」欄記載のとおり鑑定評価したとする内容のものである。しかし、別表2記載の番号1、2、3及び5の各土地については、いずれも多三郎が購入取得後、その地上に賃貸居宅又は賃貸共同住宅を新築し、被控訴人は、これらの賃貸居宅又は賃貸共同住宅とともに相続取得したものであるが(<証拠略>)、これらの各土地の相続取得時における時価は、課税価格を求めるためのものであるから、控えめかつ公平に評価すべきものであり、現に控訴人が別表3の「利用区分」欄記載のとおり貸家建付地として評価していることを考慮すると、貸家建付地として評価するべきものであって、更地としての評価額をもって相続財産の時価というべきものかについては疑問があり、そうすると、その鑑定評価額が路線価等による評価額よりも適正、妥当と認められる方法により評価したところに基づく合理的な価額であるとまではいえないというべきである。また、別表2記載の番号4、6及び7の各土地については、いずれも自用地と認められるから、被控訴人が相続取得した時点においては更地の評価額を相続財産の時価というべきである(<証拠略>)が、右鑑定評価書による評価額は、路線価等による評価額と比べて別表2記載の番号4の土地が約〇・九九倍、別表2記載の番号6の土地が約一・一〇倍、別表2記載の番号7の土地が約一・一三倍にすぎないものであるうえ、土地の時価が一義的なものではなくやや幅のある相対的なものであり、右鑑定評価の過程もいずれも近隣及び同一需要圏内のものとはいえ本来個別性の強い四件の取引事例と平成三年七月の大阪府の時価調査価格を比準対象とした取引事例法による試算価格、当該地域と類似の地域における賃貸不動産の収益事例一例を比較対象とした収益還元法による試算価格に基づく一応の検討を経たものにすぎないこと(<証拠略>)からすると、右の程度の差異は右の幅の範囲内にある程度の差異に止まるものといえるのであり、そうすると、別表2記載の番号4、6及び7の各土地に関する限り、右鑑定評価書による評価額が、それ自体を採用できないとまではいえないものの、路線価等による評価額よりも適正、妥当と認められる方法により評価したところに基づく合理的な価格であるということもできないというほかない。

なお、別表2記載のとおり、被控訴人は、平成五年二月五日、控訴人に対し、本件土地の価額を右鑑定評価書による評価額として更正の請求を行っており、しかも本件土地のうち別表2記載の番号4の土地以外の各土地の鑑定評価額、すなわち更正請求における相続取得財産の価額は路線価等による評価額よりも高いのであるが、相続税について採用されているところの納付すべき税額を第一次的には納税者のする申告により確定させるものとする申告納税主義のもとにおいても、相続税の課税価格の算定の前提となる個々の相続取得財産の価額についてまで納税者が自らこれを確定すべきものということはできないから、右のとおり本件土地のうち別表2記載の番号4の土地以外の各土地の価額をその鑑定評価額として算入しなければならないものではないというべきである。

(三) 被控訴人は、本訴において、本件土地に係る部分を除いては、本件更正処分及び本件再更正処分の違法事由を主張せず、本訴における控訴人主張の額も争わないなどの弁論の全趣旨によれば、本件土地以外の資産及び債務等の評価額については控訴人主張のとおりの額と認められる。

(四) 以上により、本件相続に係る課税価格と納付すべき税額を本件課税規定部分に従い算出すると、別表1記載の「再更正処分欄」欄の「取得財産の価額」欄から右の各額欄のとおりであり、課税価格は二四億一〇三〇万二〇〇〇円(ただし、課税の計算の基礎となる課税価格相当額は九億六二六四万七〇〇〇円)、納付すべき税額は六億七三八五万二九〇〇円となる。

三  本件更正処分及び本件再更正処分の適法性

そうすると、本件更正処分は、それに基づき納付すべき税額の一部が本件再更正処分によって取り消されることにより、被控訴人の本件相続に係る課税価格を二四億一〇三〇万二〇〇〇円(ただし、課税の計算の基礎となる課税価格相当額は九億六二六四万七〇〇〇円)、納付すべき税額を六億七三八五万二九〇〇円とする処分となったものであり、適法な処分ということができる。

第四結論

よって、右のとおり納付すべき税額の一部が本件再更正処分によって取り消された本件更正処分は適法であり、被控訴人の本訴請求中本件更正処分のうち課税価格一一億二八九七万一〇〇〇円、納付すべき税額五億五六六三万〇五〇〇円を超える部分の取消しを求める部分は理由がなく棄却すべきであるから、これと結論を異にして右請求の一部を認容した(課税価格一一億二九五二万二〇〇〇円、納付すべき税額五億五六九八万九三〇〇円を超える部分を取り消した)原判決主文二項を取り消して、同取消しに係る部分の被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法六七条二項、六一条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 岨野悌介 古川行男 納谷肇)

<別表略>

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